2008年04月14日
土肥とアイヌ族

写真と記事は関係ありません。
以前たんたんさんが伊豆とアイヌ語について触れていました。実はこれはかなり有名な話で
聞いたことが有るという人は私の周りでも結構いましたし、伊豆市のHP 土肥のHPにも名前の由来の
一つとして載っています。でもくわしく調べようと文献を探すとなかなかありません。
土肥の友人から一部コピーしてもらいましたのを乗せてみます。
これは、長い文献のごく一部を書き出した物で前後には膨大な量の文章があります。
引き続きしらべてみます。
コロボックルと旧アイヌ族
伊豆土肥史孝 永田治著 1979年2月20日長倉書店より発行
古事記などに「土蜘蛛」として現れる先住民族は、
南方から黒潮に乗って来たり、日本列島の各地に上陸したネグリート族だと
いわれている。むろんかれらは、小さな丸木船をあやつって、
万里の波濤を乗り越えてやってきたのである。
ネグリート族というのは、旧アイヌ族からも小人扱いされ、
コロボックル(蕗の下の人)と呼ばれた民族である。体格が貧弱で
生産力も劣っていたため、まもなく北方から進出してきた旧アイヌ族によって
駆逐され、滅亡していったといわれる民族である。
ところで、伊豆半島に旧アイヌ族が住んでいたことは、各地に残る
地名によって推定することが出来る。伊豆という国名は、アイヌ語エツ(鼻)から、
また富士山は同じくフンチ(火)から転化したものであろう。(静岡県史第二巻)
との説がある。戸田ヘダ・ 土肥トイ・宇加賀ウカガ八木沢の旧名・宇久須ウグス・
安良里アラリ・田子タゴ・妻良メラ・・・等の西伊豆の浦々の地名は、
万葉か仮名風の宛字がされているが、いずれもアイヌ語的な雰囲気をもっている。
トイとは、アイヌ語では「土」の意であるという。「渡島筆記」によると、
アイヌ人はコロボックルのことをトインチセウングルと呼んでいたといい、
それは「土室の人」という意味だそうである。トイに土肥の字が宛てられた
この符合を考えるとき、太古の土肥の地にコロボックルや旧アイヌ民族が
往来した時代のあったことが想像されるのである。
旧アイヌ民族は石器や縄文式土器を用い、共同狩猟も巧みな、
生活力のある民族であって、一時は東国で大いに栄えた。
しかし、その後南方からやってきた海人族(大山祗族・大海神族)との
生存闘争に敗北し、奥羽以北の蝦夷地に追いやられていく。
Posted by カネジョウ at 21:37│Comments(2)
│西伊豆歳時記
この記事へのコメント
やっぱり~
すごいな~
日本中の半島に、旧アイヌ族が追いやられたということは、
アイヌの方の講座でおとうちゃんが聞いてきたことです。
アイヌの側の人たちも、そう思っているのだなと、思いました。
すごいな~
日本中の半島に、旧アイヌ族が追いやられたということは、
アイヌの方の講座でおとうちゃんが聞いてきたことです。
アイヌの側の人たちも、そう思っているのだなと、思いました。
Posted by たんたん
at 2008年04月14日 23:51

たんたんさん毎度です。この資料は手始めです。
なるべく多くの資料を調べたいと思います。
アイヌの方に伊豆の各地の地名の由来を推理してもらいたいですね。とりあえず静岡県史第二巻を調べてみたいですね。
なるべく多くの資料を調べたいと思います。
アイヌの方に伊豆の各地の地名の由来を推理してもらいたいですね。とりあえず静岡県史第二巻を調べてみたいですね。
Posted by カネジョウ
at 2008年04月15日 00:06
