2008年04月08日
古道

宇久須川の中に対岸に渡れるように金属の手すり付きの梯子がかかり
向こう岸にはコンクリートの階段が有る所が有ります。
以前は、対岸に畑でもあるのだろう。位にしか考えていなかった。
先日、黄金神社 石灯台の聞き取りの時にここの話も出てきた。
昔、ここには橋が架かっていたそうだ。橋の名は「欄干橋」らんかんばしという。
ここから松ヶ坂に登ったそうだ。以前から松ヶ坂にはどこから登るのだろうと考えていたが
やっと分かった。ここから登り尾根を進み村上さんの家の墓が有る辺りを下る。そして
小下田への道を進んだそうだ。小下田への登り口はホテル岡部の前の陸橋の橋桁辺り。
久治屋さんと勇七屋さんの畑の堺辺りというので今度調べてみよう。
石灯台 高見神社 の話も出てきた。有る人と話しているときに、「勇七屋さんが昭和30年代の地震で壊れたと言っていたが
30年代にそんな大きな地震はなかったんですよ。」というと「いやそんなに古くはないよ。昔おまえんちのミカンを盗んでは
石灯台まで持ってきて食べたモンだよ。あれは昭和50年代の伊豆沖地震で壊れたがさ。」
なるほど。賀茂村沿革誌で調べてみると昭和53年1月14日に伊豆大島近海地震が発生している。
あの日の事は覚えている。ちょうど土肥に勤めているとき。どんど焼きの準備が有る物で早退して、宇久須に帰ろうと
セリカLBに乗り込みエンジンを掛け暖気。そのうち車が揺れ始め大揺れになった。セリカがぶっ壊れたと思い飛び出した。
そしたら地震。事務所の平野さん曰く、セリカが跳ねていた。
この時に石灯台 高見神社は崩壊したのか。他には砥山(とやま とんだん)の話が出た。
ここは昔崩れたときに慰霊の為に祠を作った。又昭和の時代には 近所に住んでいた、霊能者の「はたやのおばあさん」が
道路脇に祠を作って祭った。はたやのおばあさんは、海の事故で人が行方不明になると「ちょっとはたやのおばあさんに見てもらいに行ってくる。」となり頼りにされたおばあさんでした。今は亡くなりました。ある時この二つの祠が同時に盗まれたそうです。こういうのを持って行くのが流行った時が有ったとか。バチ当たりめ。
黄金崎トンネルの工事の時、トンネルの中からとても良質の砥石が出てきたそうだ。当時松崎で畳屋をやっていた人が
もっていって刃物を研いでみたら、すばらしい切れ味になったそうだ。
数日前電話が有った。けっこう年配の方の声だ。「HPで見たのですが、1人でも予約出来ますか」「出来ますよ」
「実は聞きたいことが有るのですが不来ヶ坂(こじがさか)は1人でも登れますか」「実は母が安良里の出で昔から
話を聞いていて、HPで見た物ですから」「うーん。宇久須側はなんとかなるでしょうが、安良里側は分かりません。
でも1人だと危ないから止めた方が良いですよ。」と答えた。結局このお客様は来なかったが
見てくれている人もいるんだなと想った。久治屋さん曰く不来ヶ坂は今でこそ細い道だが昔は結構広く
馬4頭で引いた野砲がこの峠を通って安良里に行ったのを見たという。
Posted by カネジョウ at 21:31│Comments(6)
│郷土研究
この記事へのコメント
なるほど~。ここに橋が架かっていたとは・・
昔は水量も多かったのでしょうね。
古道発掘の山旅に出ましょう!
昔は水量も多かったのでしょうね。
古道発掘の山旅に出ましょう!
Posted by 鈴木達志
at 2008年04月08日 21:54

達志さん毎度です。日々発見の毎日です。お年寄りが生きているうちに聞いておかなければ。
Posted by カネジョウ
at 2008年04月08日 22:01

読み入ってしまいました~♪
(登場人物がリアルに浮かんできて)
小説にでもなりそうな おもしろいものができそうですね。
(登場人物がリアルに浮かんできて)
小説にでもなりそうな おもしろいものができそうですね。
Posted by あび at 2008年04月08日 22:28
あび様毎度です。この記事は自分自身の覚え書きです。
読んでいただいてありがとうございました。
小説などとてもとてもでーす。
読んでいただいてありがとうございました。
小説などとてもとてもでーす。
Posted by カネジョウ
at 2008年04月08日 22:39

西伊豆行ったときはご案内をお願いいたします!(^^)!。
Posted by しるば(またの名は“なお”)
at 2008年04月08日 23:59

ハハハ。しるばさん毎度です。歩いてみますか?
Posted by カネジョウ at 2008年04月09日 13:16