2008年04月15日

黄金崎の石切場

黄金崎の石切場
石切り場(築城石)の由来
昔、この地は海岸に硬い大きな石がたくさんあり、
その石の一つ一つに矢穴と呼ばれる穴を掘り
バメの木で作った矢を穴に入れ石を割り、
船に積み、海を渡り静岡の海岸に運び、
駿府城の築城石としてつかわれたそうだ。
(今でも海岸には矢穴石がいくつか見ることができる)
その後昭和五年頃よりこの地の築城石で見地石を採り
県道工事や宇久須隧道、宇久須川堤防などの工事に使われ
県道石と呼ばれた事もあった。向かい側の根合海岸は
砂浜できれいな浜であったが、この石切場の石滓が
流出し小石浜が出来たと言われている。
以上 役場の看板より。

黄金崎の石切場

黄金崎の石切場

黄金崎の石切場

黄金崎の石切場



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Posted by カネジョウ at 23:46│Comments(2)郷土研究
この記事へのコメント
昔、近所のおじいちゃんが一緒に海草採りに行こうと誘ってくれて、お父ちゃんと行って、ここの意志を教えてもらいました。

まだ、文字が書いてあるのもあったような~

そのおじいちゃんは、大阪城の石垣って言ってたな~

でも、ボケてたからな~
Posted by たんたんたんたん at 2008年04月15日 23:59
たんたんさん毎度です。実際に大阪城や江戸城に使われた
可能性も有りますね。すぐ近くの砥石山の砥石は江戸の武家屋敷
で使われていたようで、屋敷跡を発掘調査していたら
宇久須産の砥石らしき物が出てきて、比較調査の為に
砥山の砥石のサンプルが欲しいと依頼が来たことが
ありました。近所のおじさんにですけれど。
ここのいわれも色々聞いていますが、
人によって違います。昭和の頃にはダイビング施設の所に
作業所が有ったそうな。
Posted by カネジョウカネジョウ at 2008年04月16日 00:14
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    コメント(2)